個展終了後のお礼と、志摩への帰省

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 完全に疲れが取れた訳ではないが、、、一日でも早くお礼状を出したいと思い、100枚準備していた萌黄色のハガキは足りなく50枚追加、そして会場で撮影した方々との写真をプリントアウト、次にはお祝い戴いた方々への御礼の品々のラッピング、開催前名前まで付けて準備して会場に持って行っていた、御礼の品々はお渡しする間もなかった人、又予定していたかなりの方々が、今回ゴールデンウイーク前半とあり、海外旅行の方も多く、お越しになれず持ち帰り、反面予想しなかった方々が突然お越しになり、再びお買い物追加、、、お一人~身に付ける小物を私なりにセレクトしているが、今年は随分多くの方々からのお心遣いのお品を戴き、その御礼準備に2日間を要し、郵送そしてお届けとほぼ80パーセント完了したのは先週末であった。                        休む間もなく一番気にしていた両親の御墓参りに帰省する。
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電車の沿線から見える五月の山々は、若葉が萌えたち鮮やかな色彩を見せ、正に漲る若者達の青春の息吹の如くである。此の沿線を私はどれ程往復したのであろうか?と見慣れた山々、田畑、そして煌めく海を眺めながらつい感傷に浸っていた。鵜方駅には従姉が何時もの様に迎えに来て、そのまま的矢湾に沿って車を走らせ、的矢湾にそびえ立つロイヤルホテルへとランチに、、、。いつだって海の見える所を探してくれて、私を喜ばせてくれる優しい従姉!連休明けのウイークデーとあり、レストランは静か、12階から眼下に的矢湾、遠くに見えるのは英虞湾なのか?志摩独特のリアス式海岸の美しさは、フレンチ料理の味を更に引き立てて、ボーイさんの説明に耳傾けつつ、我が故郷の風光明媚さには今更ながらにして感激していた!余りにも『綺麗!!』を連発するからなのかボーイさんが『夕焼けも素晴らしいですよ!』と宣伝、何時の日にか志摩の夕焼けを撮影したいと願望して久しいのだが、、、。
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                                                                                                   ランチの後はお墓へと直行、丘の上に在る事とその日は六月中旬並みの気温、それでなくても志摩の太陽光線は強い!容赦無くギラ~照りつける下で、やっと両親の墓前に個展が無事終えた事の報告が出来た。次は従姉の実家のお墓、そして山科の叔父叔母のお墓へとお参り済ませて、従姉のお姉さん宅へと、一年ぶりであるがやはり年毎に老いは確実に来ているのが解る。姉のない私にとっては二人が実の姉だと思っているそれだけ心が通じているから、、、。京都のお土産や、個展の時の作品額入り写真を渡すと、昨年もそうであったが志摩名物『手こね寿し』を夕食用にと、前のお庭で摘みたてのそら豆を戴き、特急の時間には少し早いがお互いに健康に気をつけてと言い合って駅へと向かう(何時もだとその後は兄宅へと行くのだが、その日は旅行中であり立ち寄らず)従姉のお陰で、毎年こうして御墓参りすることが出来る、有り難い事だと感謝するばかり!自分が元気で在る限りは、ふるさとへの帰省はたとえ年一度であれ続けたいと!去りゆく志摩の山々、海辺を眺めつつ思った、、、。
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個展『追憶のヨーロッパ」 (2)まとめ

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                                                           2年前の個展同様に、終了後の翌日はひたすら眠る、、、一週間分使った神経の全てを解きほぐし、体力の消耗をゆっくり~取り返したく、体をグニャ~デレ~状態にする、、、人間は此れ程に眠れるものかと思う程に、横になると眠りが来る、、、。午後遅くガーデンの花々を久しぶりに、ゆったりと眺めていると、心に余裕がなく一週間気づかなかった、小さな花々が片隅から顔を出している!ガーデンの花々を眺めている内に、此の一週間懐かしい方々との再会、又リビング新聞、京都新聞に掲載された事で、多くの見知らぬ方々との出会い、場所柄海外の方々との出会いが出来た事は、何と幸せな日々であった事かと!何よりも会期中一度もメニエールの症状が出ず、ふらつきもなく頑張れたのは、その出会いの方々からの心に響くお言葉を支えに、そして全面的に心を込めてサポートして頂いた、ギャラリーのTさん、 Nさんあればこそ(今時の若者とは考えられない?寡黙な姿勢、真面目、多くは語らぬが的確な言葉が胸を打つのは、此処数年の交流で私の心にしっかり入っていた)お二人の真心が大きな支えとなって無事終了出来たと感謝してる。
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                     大きな催し物をする時、しかも個展であれば主役が先づ、1本の芯を持つそれに使うエネルギーは想像もつかない程(経験者の方は理解出来る)自分の体力以上を発揮せねばならない!それだけに個展が決定してからは極力健康に気を使う生活が始まる。事プレッシャーに弱い私は先ず本当に実現まで体を維持出来るのか?の不安が募りどんなに早く決定していても、親しい人にすらギリ~までは、内密にしているのが常である。その間準備中はパソコンの中からの写真セレクトが大変(只今2台のマックには3万枚の写真入り)セレクト後は見本作り、次には2 Lサズに引き伸ばしてから、更にセレクトにて作品の絞り込みとなる。ようやくUSBのメモリーへと作品写真を読み込み、写真館へと、、、。その頃には疲れがど~と出てもう此れで最後にしょうと血を吐くおもいで、言い聞かせているのに、何故だか助け舟が現れると、実現化してしまう私、、、。パソコン内の未だ~未発表の作品を眺めるにつけ、新たな希望を持ってしまう私、、、。
人は希望が持てる間は、全力投球出来るのかも知れないと自分に言い聞かせつつ、、、。だがしかし、、、どんな小さい事であれ日常生活から、180度違った事をすればそれは一人の力では、決して出来るものではない!周囲の方々の並々ならぬ、温かいご支援と眼差しがなければ、決して出来るものではないと、何時も思っている。そして貴重な時間を割いてお越し下さった、全ての方々への深い感謝の気持ちを一杯にしながら、未だ正常でない疲れを感じる日々の中で、お一人~と交わした会話を思い出しながら数日を送っている、、、。
*皆様にお買い上げ頂いた、ポストカードの売上金は郵便局へと持ち込み計20101円となり『東日本あしなが育英会』口座へ送りました。ご協力頂き有難うございました。                                                           
 *本邦初公開となった略歴と、今回個展のコンセプトを添付致します。
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個展『追憶のヨーロッパ」 (2)六日目(最終日)

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                      疲れと眠リが蓄積されていたのであろう、昨夜は久しぶりに熟睡ど~んと5時間眠れた!頭がスッキリしている事で朝から多少の雑用と、すっかり遅れてしまっているブログ更新が出来た、とは言え未だ二日目のブログである、文章は頭の中や、メモ張にあるがパソコンへと向かう事ができぬ状態、、、。何時もより二電車遅れてのギャラリー到着、やはりすでに5名の方々が名記されていて、お会い出来ず残念!その内やはり私の入る時間を見計らって、Uータンされた方Mさん親子3人、お母様は小柄な方なのに、お父様が随分背の高い方であるから、娘さんはモデルさんの様にスラリとした綺麗な方である。その方々に説明中にフアインダークラブのKさんがいらっしゃって、御一緒に説明を聴いて頂く。
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   次にいらっしゃった方は、2年前の個展の時前を通りウインドウーの写真を絵画と思って入った方、今回案内状を郵送した事で枚方からわざ~お越し下さった80歳前後のYさん、とても物知りで写真を見ながら気象の事を詳しくお聞きした記憶があり、一枚~の写真を今回も又熱心に観て頂き質問も多く、絵画や写真が余程お好きな方と推察する。2年前よりやや腰をかがめてはいるのに、よくぞ枚方からお越し下さったと有り難く思うばかり、、、。出来る限り案内状出した方々へは説明を多くして、他の観光客や外国の方々は自然に観て頂く事にしていた、、、そこへ今まで見かけないジーズ姿のM子さんがカジュアルなお帽子で、、、電動自転車で山科から来たと(山科時代の教え子)今日はお客様もバラ~状態なので、説明後はお茶を飲みつつ(昨年お母様を亡くされ、随分しょげていた時励ましのメールを送ったきりであり)家庭事情などお聞きしている所へ、ファインダークラブの Mさんが如何にも芸術家風?の出で立ちでのっそりと(若いが各方面で活躍され、何度となく個展や様々な賞を受賞されている)私は『次回は此処での個展どうですか?』とお薦めする、、、。
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次もファインダークラブの方が御夫妻で、最近入会された方なので会話が弾む事はなく、皆様へとお茶を出して結局M子さんとのおしゃべりを優先していた。M子さんはパリから帰国して一番に教え、現在まで交流が続いている、彼女は当時同志社女子大を出たばかり(お父様はその頃朝日新聞社のトップの方)の可愛いお嬢様、一年程して婚約者を紹介され、その年新婚旅行は私に刺激されてパリへと、、、あれから随分の年月が流れたというのに、ちっとも変わらない可愛さであり、小柄で童顔の人は歳を取らないのだな~と思うばかり、、、。彼女を見送った後、慌てて入って来た小柄だが綺麗な方は、何でもKさんから案内状を頂いて来ましたと、、、私の略歴に目を通し、『すごいですネ!あの時代に渡仏していたのですか?』その方も又ロンドンに住んでいたことあり、今は離婚して男の子との生活、その子が留学したいとそれもデザイナーになりたいとか、、、いろ~な話をまるで相談するかの様に話し出したのである、未だ10代で夢は一杯であろうが、何よりも先ずは語学のマスターと基礎を日本で学び、それから行かれた方が良いのでは?とアドバイスした。未来への限りなくある夢に向かって邁進して欲しいな~と願わずにはいられなかった!     最終日であるから5時で終了!一週間の疲れを全身に感じながらも、ドレスから作業着に着替えて、TさんNさんのお手伝いを得て後片付けに1時間20分、お二人の心こもったサポートあればこその、此の一週間無事終了出来たのだと、彼らに心より御礼を述べて迎えに来た MKアルファード車に沢山の荷物を積み込み、ギャラリーを後にした。
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個展『追憶のヨーロッパ」 (2)五日目

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   それでも無事五日目の朝を迎える事が出来た!今日もギャラリーに入ると一番に、芳名帳に目を通すとやはり既に3名の方が、、、スタッフにお祝いのお品とお花をあずけていた。目にも鮮やかな大好きな、紫のテッセンのお花!一気に元気が出た!奥に荷物を置く間も無く、何時もお世話になっている郵便局の方々が4名いらっしゃった。今までは特に切手係の人に案内状を渡していたのだが、今回は局長さん始め皆様に渡したことと連休でもあったから、貴重なお休みにお越し頂けた。 地下鉄でご一緒だった Nさんは今回ご主人とご一緒、又2年前の個展の時の名簿で案内状送った男性の方々2名枚方から、、、其の内『先生おめでとう御座います!』と何時も大きな声のファインダークラブの Hさんがごそ~と大きな袋から『会場で皆さんと召し上がって下さい』と飲み物やお菓子類を様々に、、、。続いてご近所のお花友達の娘さんとお孫さんが、昨秋のファインダークラブの写真展の時から楽しみにお越しになり、チャリテイーなら尚の事とポストカードをお買い上げ頂く。
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その少し前には、大阪から『おめでとう!やっぱり頑張ったんだ偉いな~!』と志摩の同級生の笑顔、幼馴染の甘えで彼女には適当に観て頂き他の方々を優先していた。その頃急に辺りが暗くなり出したと思ったら、にわかに雨が降り出し、、、入り口を見に行くと雨の中をカップルが、しかも女性はキャリーバッグを引きずりながら、、、『エッ!』と一瞬声をあげた途端、見覚えのある笑顔が!2年半前にパリで出会ったピアニストのYさん直ぐ駆け寄り、『ワ~嬉しいわ!』と私は全身で喜びを表していた!でも、、、横の方はあの時の御主人様ではない、不思議そうにした私に小学校時代の友人ですと、神戸でのレッスンの帰りで千葉へと帰る途中、どうしてもお会いしたかった、又写真も是非拝見したかったから飛行機時間の間に飛んで来ました!と2年前の案内状も素敵でしたが、今回はまるで絵画の様ですものネ!と、お二人に説明中も同マンションの Oさん、Mさんとそれぞれにお祝いの品々を頂戴する!賑やかになった会場に坊やと一緒に Kさんが、直ぐ坊やはお菓子の所へと、好きなお菓子を取るとニッコッリ!そして自分だけがわかっているのであろう、、、いろ~と説明する5歳まだ~あどけない坊やの言葉が周りに笑いを生じる!やがてSさんのご主人がサングラス姿で、、、どなたかかしら?と一瞬分からず?そこへファインダークラブのOさんが友人と、会場は一気に人で溢れ、人が入っていると尚の事何故だか、観光客もゾロ~人間の心理状態とは不思議でもある。
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   皆様がスーとお帰りになり落ち着いた所へ同マンションで何時も写真展へとお越し頂く N御夫妻と、又近頃お会いしてない朝の仲間のファブリックKK社長のT氏が、、、そう言えば今日は連休初日であると、その時になって気づいた!お休みであるから皆様にお越し頂けたのだと、、、。何人かの方々に説明中次は、浅野教室第一期生30年来の写真を通じて交流のある、Oさん(信州ハム取締役)がいらっしゃる。懐かしい会話が出来、Oさんも又ホームページで美しい日本の棚田写真を公開している。失われゆく日本の原風景を嘆きつつ、20数年前の里山風景と時折比較している、社会派的写真文章とも言えるかもしれない。皆様と一緒にお茶をしながらしばらくは雑談、、、Oさんは立ったままであり、腰痛で此の方が楽であると、そう言えば以前お会いした時よりいくらか前かがみかなと思えた、、、。今も重責あるポストで頑張っていらっしゃる方、その合間を縫っての素敵な里山の写真を撮影しているのである。未だ仕事中との事でお帰りになる後ろ姿を見ながら、男性の方はやはり大変だな~と、我が身の気楽さを反省するばかり、、、。写真展の新聞を見て楽しみに待っていたという Mさんとはその後終了までもおしゃべりしていた。余程写真がお好きな方の様で『センスがなければ撮れませんよネ!』と言いながら一枚~再び丁寧にご覧下さっていたのが印象的であった。
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個展『追憶のヨーロッパ」 (2)四日目

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                     昨日は終了近くになって、外国人の御夫妻が入り口ヴォージュ広場の作品を、とてもお気に入りだとコンセプトに賛同してその写真の額入りをお買い上げ頂いた上に、どうしても行きたいからアドレス知りたいと、パリの地図は何枚か持ってきているから説明する。余程気に入ったと見え額の上に更にもう一枚ポストカードをのせたが、そのプラスのお金はとう~チャリテイーボックスには入れずじまい、、、私も『まあいいか、、、』           オープンして四日目少しリズムがついて来たのか、苦もなくギャラリーへと芳名帳には既に4人の知人の名前、そして次には目を疑った!何と愛知県から洋裁学校教師時代同僚の Uさん御夫妻の名前が!私が来るまでに
美術館へと行っているからと、名前の下に携帯 TELの番号が書いてあり早速にTEL入れる。Uさん御夫妻を待つ間に Hさんのお元気なお顔(元近畿電気社長)社交ダンスの帰りだからなのかピンクに近い派手なジャケットが良くお似合いである。何時も私の写真や、二人の写真を撮るのは何の事はない、御自分のブログの掲載用である。
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いつの間にかM子さんが静かに入り、帰り際の御挨拶をして出てゆかれた、、、そこへピアニストのHさんが近くの大学授業の合間を縫って、美味しいわらび餅ご持参で『スタッフの方と食べて下さい』といらっしゃるが、何時もご一緒の大阪のYさんとは此処で待ち合わせとかで、10分後にはいらっしゃった。久しぶりの再会におしゃべりに花が咲いている時、朝のお仲間のYさん、 Nさんが、ご一緒するはずであったMさんは急遽東京行きでお越しになれなかったと、、、。昨秋から朝のウオーキンング中止している為積もる話で此処でも又々おしゃべり、、、そうこうしているうち美術館より Uさん御夫妻が、彼女とは10年前我が家へとやはり同僚のSさんといらっしゃった時以来の再会、10年前とはあまりの変貌(腰が悪いせいか小さくなっていた)に唯々驚く!クラスきっての美人で、絵画に出て来る様な目鼻立ちのキリッとした美しい人、だがとても優しくて学生時代から心が通じていた人、すぐベンチにお掛け頂く、と重いのに私の好きな酒造ケーキと共にお祝いの封筒が、私はやんわりお返しするも彼女は本出版の時もそうであった、本の価格をご存知であった為お祝いとして、身内同様に御送金して下さった記憶は未だ新しい!心の余裕というかそのように人には接してきた方であるからこそ、今までもお付き合いが続いたのだと、、、頭の中ではこんな場合その御心をプラスしてのお返しを考えていた。
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其の内ファインダークラブ創設者の F先生が友人と、、、相変わらずフランス映画のパンフレットを置き、ギャラリーのNさんと会場について様々な事を聞いていた。そこへ以前のマンション時代の M御夫妻(お二人共高校の先生を最近リタイアされて船旅に魅せられているとか)が仲良くいらっしゃる。ブログを観て頂いているから、個展準備中からの体調不良を気遣って下さる事がとても嬉しく思った!その後は同マンションの T御夫妻や、Iさんと続く中でU御夫妻は気を聞かせて、奥の部屋のギャラリーの椅子で、先にお見えになっていた Mさんと気があったのか、楽しそうにおしゃべりしていることに内心ホットした。スタッフの Nさんはお茶を皆様に、、、私の個展のお客様の多さに目を回している様子である!その一団体がお帰りになった所へと昨夜突然 TELのあった H子ちゃんが志摩からはるばる来た。第一回個展の23年前以来の再会である。
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             この間 Hちゃんにとっての様々な出来事は、女として妻として母としてその悲しみは、計り知れず打ち明けてくれた時、私は胸の潰れる思いであり TELでも長い手紙でも何とか励ましたが、それが役立ったとは思えぬが、、、今日は一言も触れない事にした、思い出させたくないと、、、。他のお客様も会場にはいらっしゃったのだが、帰りの特急時間もあり昨夜慌てて見繕ったお土産を渡すと、Hちゃんも又懐かしい志摩のお土産と共に、私が坐骨神経痛と 昨夜のTELで言ったからなのか自分もそうだからと、とても効果ある湿布薬と、常に腕にはめているとパワーが出るブレスレットまでも考えて持って来たことは流石教え子、それだけでなくパリへと発つまでの1年半程住み込みで仕事を手伝って頂き、寝食を共にしていただけの事はあると嬉しく思った!Hちゃんはチャリテイーの写真を数枚、何でも気分転換兼ねて水彩画を習っているから見本にしたいと、額入りの千円の雨のパリのシャンゼリゼもとても気に入った様子であり、これは私からのプレゼントだからネ!と渡す、、、。彼女を見送った後も観光客の人が何人となく入るが、私は彼女と過ごした叔父の別荘お茶室のある、苔蒸した八坂の家を、昏れなずむ神宮道の新緑を眺めつつ、薄ぼんやりと懐かしく想い出していた、、、。20代の若かりし頃の私と、更に若い Hちゃんとの懸命に生きていた遠い日々が、グッと間近になった個展四日目の黄昏時、、、。
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個展『追憶のヨーロッパ」 (2)三日目

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                     昨日の雨が嘘の様に爽やかな朝である。此の日は予約が全く入ってないことで、とても気分は楽でありギャラリー着12時45分、私が会場にいる時間は(1時~6時)とお知らせしてあるから、やはりその時間になると直ぐお客様が、、、ギャラリー近くの陶器店の女子店員さん(今年になってお知り合いになった)がお昼休みを利用してお越し頂く、説明している私のパリへの気持ちが良く~解ると、数年前オーストラリアに短期留学をして居たからだと、人間は体験する事で同じ様な思いが理解出来るのであろう。其の内きちんと背広姿の身だしなみ姿のYさん(93歳)が『おめでとうございます、それにしても立派やな~良く頑張る!』の言葉と共に、小柄な方なのに大きなお祝いのお菓子を持参、何時も~ お仲間の方々とはいらっしゃる事なく、お一人でしかも必ずやお祝いのお品を戴く、此の方の生きて来られた姿勢を感じずにはいられない。頭の下がる思いでお受け取りする。
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次には文化博物館にてお知り合いになったボランテアの方が、御主人様と大津からいらっしゃる、、、説明中に入り口に、赤ちゃんを抱っこしたTさんがニコッと満面の笑顔で『ま~!良くぞいらっしゃった!!』懐かしさ一杯であり説明中を忘れて駆け寄っていた!わざ~此の日の為に、大津から車で昨秋生まれた葵ちゃんを抱っこしてやってと、、、覚束無いままに葵ちゃんを抱っこするも、5分としない内に泣き出してしまった! Tさんも又可愛い琵琶湖のお菓子を戴き、Yさんとお二人でチャリテイーの写真をセレクト中に、元ファインダークラブだったSさんが、静かにお入りになる、、、Sさんはお人形作家此処数年目を悪くした事で、ファインダークラブを2年前に退会、御主人様は京大の教授、Sさんはとても物静かできっと良妻賢母なのだ思う。此の方からのお祝い品は何時もお菓子類ではなく、私の体に良いお品を考えて下さる
ので感心するばかりで見習いたいと思う。入り口の写真展のコンセプトと略歴を初めて見て『あの頃良くぞ此の細い体でパリへと行く決心をした勇気、そしてご両親様の理解を思うと、、、それからも此の活躍ぶりその体のどこからパワーが出るのか不思議?』とおっしゃるSさんであった。間もなくしてお越しになったのは余り見かけない赤いお洋服姿の絵本作家Sさんが、お父様Mさんの若かりし頃の凛々しい写真を持って(既にお亡くなりになったがファインダークラブでは一番親しく家族ぐるみのお付き合い)Mさんは山科の志賀直哉邸の後に一時お住まいであり、何でも昭和の古き良き時代のセピア化した写真を京都市が探している事でたまたまMさん宅の古い写真を探しているのだとか、、、。同世代でもあり3人がワイ~賑やかに会話中も Hさん、神戸から26日には参加出来なかったKさんからは美味しいチョコレートを戴く(この方からのお菓子類も厳選されているからとても美味しい!)その日も絶えず観光客や、今回の個展を新聞その他で見た人々がご来場!立ちっぱなしであり、4時頃になると坐骨神経痛がジン~極力何事もない表情を装うが、、、皆様がお帰りと同時に腰掛けて足を伸ばしている所へ外人さんが、、、慌てたがそこはおおらかな人々、笑顔とおどけた表情でごまかした。                
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5時を過ぎると特に外国人の方々がど~と入るのは、5時閉館や閉店が多いからだと判明。此の4日間で忘れていたフランス語の会話や単語が蘇って来た事はラッキー!
外国人の方々が途切れそろ~日暮れ近くになって、 Nさんが真紅とピンクのバラの花束を持っていらっしゃった。写真説明後は、お茶を飲みながらひとしきり会話するNさんの写真感想は『初めて大道さんの個展を観て安らぐというか、落ち着くという感じ、有名で立派な写真も見たことありますが素晴らしいけれど完璧すぎて疲れる、所が今日は全く正反対これは撮る人の人柄だと思った!今まで生きてきた経験や、知識、出会い、その生き方が熟成されほとばしり、発表せずにはいられなくなっていたのだと、、、数年前出版した本を読ませて頂いた時、先ずその文才、そして人への思いやり、毎日~丁寧に生きていろ~な人や、所へと細かい心遣いをしているからこそあの文面が書けるのだと、僕は何もせず此の年まで唯~ボンヤリ生きて来た事が、あの本を読んで目から鱗自己反省、三行も自分のしている事書けませんからネ!頭の中にあることと実行力、それが自然に出てくるからこその生き方、此の多くの写真もそのことが感じられます。一枚~にその体験と
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あらゆる経験と知識、優しさが詰まっているだからこそ普通の写真でなく、包み込んでくれるフワ~とした安らぎがあるのだと、僕なりの勝手な感想ですが、、、』私は此の時心底から嬉しく伝わる人には伝わる喜びを知った!Nさんは一見色白でボン~風おっとり、同志社大哲学科で神学を学んだ方だけに、此の表現の仕方には感動してしまい、話は先日の出来事や私のモットーとしている事をやや恥ずかしげに話した『一歩外へ出た時から何かしら役立つことが出来ればと、、、』外出している事を初めて打ち明けたのである。『それが自然にできる人、僕らはすぐに考えてしまい気恥ずかしいくなるのに、貴女は先に行動してしまう此の違いです!』と『今頃になって気づいたけれど、何と人生をいい加減にボンヤリ生きてきたのかと、、、』『気づいた時からでいいから出発して下さいネ!何も遅くない気づかずに亡くなる人も多く居ますもの、、、』もうギャラリーの閉める時間も迫って居たが、久しぶりに心を割って様々な会話が出来た事で、3日目の疲れはNさんの言葉に癒された私であった!







個展『追憶のヨーロッパ」 (2)二日目

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                     二日目は残念な事に雨である。昨日より更に20分早く出てギャラリーに着いたのは12時20分、10分も待つ事なくお約束通りにKさんと Uさんがいらっしゃった。Kさんは山口県から昨日は神戸に一泊して U
さんと神戸を満喫後お二人で神戸より京都入り、 Kさんとは一昨年秋の日本一周船旅以来、 Uさんとは昨年二度お会いしている。男性のKさんもお誘いしたが丁度病院の検査日とのことで、残念ながら不参加久しぶりの再会におしゃべりに夢中!!そこへ今朝お花のお礼 TELした従姉がひょっこりと雨だからきっとお客様少ないと思い来たのだと、、、お花のお祝い戴いたのに東京へと又遊びに行っていたからと帝国ホテルのチョコレートを戴く。
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其の内雨の中を、AMS写真館支配人のK氏(写真作品を今回も全てお願いした)がいらっしゃって、一枚~の説明2年前よりずーと会話がしやすく、あの時は此方が緊張していたのだと思う、2年前同様に実にゼントルマンである、まだ50代とは思うがやはりトップに立つ方は、それなりの風格が備わるものであると、その人の職業やその地位も又人格を現すのではなかろうか?今度大津にファミリーストアーをオープンする為、その横にギャラリーを併設の予定であり、此処のオープンのトップが私の個展でもあり下見も兼ねましたと、、、ならばと担当のNさんをご紹介してその点を詳しくお聞きしていた。笑顔で入って来たのは、商店街の花屋さんお店は閉めて来たと、、、プロ級の Yさんも続いて会場へと『いいですネ!全てが貴女の作品、文博でのファインドアイ点では、周りがギラ~で押しつぶされそうで、毎年可愛そうと思っていたから、こうして全ての作品が貴女らしく表現している!貴女より出来ない洒落た写真が多い!!』お世辞をおっしゃる方でないだけに、有難く素直な気持ちで嬉しく思った。華やかなお二人は神戸から Wさんと Nさん若い人のカラフルなファッションは会場の空気感まで明るくなる。
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そして搬入の時荷物のお手伝いをして頂いたK先生が京大の帰りだとかでお立ち寄り、写真を観ている内に私より10年後パリに住んでいた事を白状!それじゃ説明する必要なしと思っているのに、そんな場所行った事ないとか、、、勉強ばかりしていたのであろうか?私が招待した方々には必ず説明しているが、観光客や今回は新聞や、月一度のリビング新聞に一面近くこの写真美術館オープンと私の写真展が紹介されている事で、多くの方々にご来場頂いている、又立地的に外国の方々も非常に多くフランス語を何度となく使っている。午後の遅い時間には大阪より昨夜TELのあった姪のA子が来た事で英語の外人さんには A子が対応で助かる。昨夜のTELの時私の声が余りにもか細いのできっと疲労困憊と察してか、お弁当セットとお茶までも持参!流石身内のA子だと感激!!閉館ギリ~までA子が居てくれた事で心強く、6時頃になると私の体に通していた1本の芯がガタ~崩れ始めるのが解る、、、。その頃には雨も上がり、沢山の心こもったお祝いの品々と共に、地下鉄にてグタ~になりつつ帰宅する。
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個展『追憶のヨーロッパ」 (2)初日

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                      眠りは浅い、それでも人間はベッドに体を横たえていることは、リラックス出来落ち着くと思った。体をいたわる事の大切さを痛感する。初日の二十五日は予定時間より30分早くギャラリーへと、担当の Nさんがお休みで大学生のアルバイトの青年と、店長のTさんが時々3 Fから応援に来て下さることになっている。会場で打ち合わせ中に昨夜お電話のあったKさんとNさんが『おめでとうございます!』と笑顔で、、、お二人に写真説明中、昨秋からお会いしてないSさんがステッキ姿で、傍らには御主人様が付き添ってお越しになる。直ぐベンチに腰かけて頂く『ブログが楽しみで毎回観せて頂いてます。お身体は大丈夫ですか?ハラハラしながら読でます』とその会話中にやはり昨秋よりお会いしてないKさんが娘さんと、、、実に良く似ていらっしゃる、女は年齢を重ねる度に母親に似てくる事を立証しているかの様である。皆様朝のお仲間であるから話は盛り上がる!!
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                     Sさんからのお心遣いのお品を戴いて間も無く、次~とSさん Tさんとそして何時も~控えめながら必ずや考慮してのお心遣いのお品を、皆様にはわからない様に陰で差し出す Kさん一言が又Kさんらしい、、、『お目出度う御座います。本当にここまでが大変だったことと思います、私は一人で観てますから大切なお客様の接客をして下さいネ!』此のお言葉は先日のお電話の時の繰り返しでもある。一人でチャリテイーの写真をセレクトして下さっていた、、、。そのお言葉に甘えさせて頂いた私である。其の内昨秋のファインドアイ展以来お会いしてないTさんがやはり『皆様とど~ぞ御召しあがりください』と、、、一枚~の写真の説明を実に熱心にお聞き下さるのは何時もの事、お知り合いになって7~8年私の写真説明を聞いている内に、写真の見方が少しづつ解り時々写真展を観ては、私の説明を思い出し鑑賞する様になったと、、、それは嬉しいお言葉であった!
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もう一度ゆっくり一人で観ますからと、次の方々への配慮も忘れない Tさん、流石元シャープの東京店社長の奥様であると、頭の下がる思いである。笑顔で私に話かけて来たお二人の男性は、 初日トップでお越し下さった Kさんの紹介ともう一人の方は、以前のマンション喫茶店のママから紹介であり、私には初対面であったが、以前から良く話題になっていたとかで、お二人共私の事は知っていたからフランクに話が出来るベースが出来ていたのだと、紹介下さった方々には感謝!!
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個展準備

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                     二十四日午後 MKの車が来るまで下のパーキング迄、写真作品や諸々の荷物(何時もは個展終了後、お祝い戴いた方々へのお礼状と共に、その方に適した身に付ける小物類を送っていたが、今年は終了後の自信がない為おおよその方々35名のお土産を全てラッピングし、それぞれに名前書き大きな紙袋2ケ準備)を降ろす作業、幸いな事に1Fにお住いで最近親しくなった京大の先生が、先日何気なくチラッと言った言葉を覚えていて下さって、お手伝い頂き、予定の半分の時間で終了!ギャラリーへは予定時間より少し早く到着、T店長さん、始めスタッフの方々にてギャラリー内へと荷物運ぶ時 Nさんが『良かったですネ!スタートがお天気に恵まれ、こんなにも爽やかな日で、、、』と寡黙な Nさんであるのが一言~が今までにも心がこもっているのである。それからは30点の作品のデイスプレイに入る、既にレイアウトは私が図面にて書いてあるから、其の位置へと写真をケースから取り出して、立ててゆくのだが高さとか間隔問題、器具のセレクトと大変!此のギャラリーがオープンして、トップの『雪』の会場デイスプレイということもあり、試行錯誤2時間あまりでほぼ80%完成でコヒータイム、、、後少しで終了の5時過ぎ東京からオーナーの K氏がいらっしゃって御挨拶と名刺交換!思っていたイメージとは違い素朴な方、何でも四国から東京へ出て産業編集センター KKを立ち上げ、御自身も写真家であり、同世代でもあるからなのか、Tさんにお聞きしていた無口な方ではなく、直ぐに打ち解け会話が弾んだ事が何よりであった!
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常設展の K氏の写真作品も拝見し、又今後の此の写真美術館のコンセプトの夢を熱く語って頂き、私としては大いに賛同した!準備中もひっきりなしにお客様特に夕方からは、外国の方々の多い事!!つい私が話しかける事で(彼等はほぼフランス語が通じた)展示中にもかかわらずオランダのカップルの女性はロッテルダムの写真を観て、すぐ分かりアムステルダムから来たと、、、オーストラリアのご夫妻は奥様がフランス語出来、お二人で旅行したパリの思い出を、写真を眺めながら語っては楽しんで下さっていたのがとても印象的であった。
入口のコンセプトが日本語と英語で詳しく表示しているので、観て頂くと納得してくださり、『とても素晴らしい事だわ!』と帰りに付け加えて御帰りになる。私は今回初めて略歴を公開した!渡仏から始まって現在までの事を、、、。パリでは遊学(つまりは旅行、お買い物、美術館巡り etc~)していたのではないことを証明!二つの学校を卒業してデイプロムも収得。隠していた訳ではないが、特別に自ら言う必要も無いと思い極親しい人ですら知らずに現在迄、今回初めての公表に驚くであろうと思うと、内心楽しみでもある。疲れ果てて7時過ぎ帰宅!
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超多忙な日々の中での出会いと出来事

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                     *前回のお知らせを早く掲載したく、今回の文面と前後してます。
バスツアーから帰ってきて一日はたっぷり休息した。十日より行動開始、その日までせっせと書き続けていた個展案内状200通投函後は、お世話になっているAMS写真館(今回の作品写真は全て此処でのプリント)へとお届け、支配人 Kさん、今回お世話になったチーフのYさんと Nさんに案内状をお渡し後は、30通ギャラリーへと何時も置かせて頂き、ギヤラリーでの動物の写真展拝見中、お当番の方と会話その方へも案内状を渡している時、初老の方が話しかけて来た、芳名帳へと書いた私の名前と関連した人がとても活躍していると、正に私と同じような行動を話し、其の内『おうちは未だ若いから知らないと思うが、、、僕たちの頃は浅野喜市先生という大先生に教えて頂いていた!』懐かしい浅野先生のお名前に『良く~知ってますよ』と答えると『知ってますか?もう随分前の先生ですから、、、』そこで私が『もしや浅野教室の?そして先ほど言っていた女性はもしかして私では?』『その方は何とSさんであった!二人共20数年の経過で、全く気付かずお互い歳を重ねたという事を、これほどにも実感したことはなかった!!『もっと若い人と思っていたから、、、相変わらず綺麗にしてますネ!』Sさんの方はかなりお痩せになっていた事と、目深に帽子を被っていたからだと思う。それからしばらくは当時の事を語り『あの頃は確か女性会長で有名でしたよネ未だに語り草となってます良く頑張ってくれたからNACが存続出来たのだと!』『えっそうでしょうか?』私には信じられないそんな風に良く言っていただいてるとは、、、。ひたすらに重責を背負った事で周囲の方々に助けられていたと、当時は女性会員も少なく、しかもまだ~若く未熟者であった私、今考えるだけでも冷や汗が出そう、、、。                                     

Sさんへも案内状をお渡し『個展は実に大変な事、先づは金銭の余裕、暇と労力そのエネルギーが半端でなく、余程の根性がないとなか~実現出来ないと思う!』『そうですネもう此れが最後かな~と思いつつ、又今回もぐた~になりながら個展実現へと奔走してます、、、』『必ず個展には行きますからネ!』帰り道きっと浅野先生がめぐり合わせて下さったのだと思えてならなかった!
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その後家の近くの神社へとお礼したく立ち寄った所、もう歩く事すらおぼつかないおばあちゃんが何とか杖を頼りに、近くのベンチへと思わず駆け寄ってそのベンチまで抱きかかえたものの、とても太ったおばあちゃんがいきなり抱きついて来た事で、私の方がよろけた!人の体重特に身体をそのまま預けて来ることは、随分と重いと実感!やっとの思いで二人はドシン!とベンチに座れた!顔をクシャ~にして『ありがとう~』を繰り返していた。自身の事すら大変なのにそれでもお参りする気持ちを、この年齢だからこそ出来る事だと思わずにはいられなかった。  私自身も3月末からの体調はなか~元には戻らずそれでも何とかハードスケジュールをこなしてはいるが、度々医院へ行っては、注射とお薬で維持しているが、、、全ての予定は遅れる一方で帰省は中止(本当は両親の墓前に再び個展をする報告をする予定でいたが、、、)
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十四日は大阪行き、大宮駅フオームで時刻表を眺めつつ迷っている外国人の親子連れ、すぐフランス語会話と解り、どちらへ行かれますか?と尋ねると、嵐山行きだが何処にも表示が無いと、チエンジしなければならないから私と一緒に次の電車に乗りましょうと、目のクリ~した可愛い少年と若いママは乗車と共に、一気にフランス語で話して来た!此の数日間全くフランス語はこの子だけであり、、、とその気持ちは痛いほどに解る、かって留学中の私がそうであったから、、、。桂までの間の会話は、本当は桂離宮へと行きたかったが、この子が小さいから許可が下りなかったと、少年に何歳なの?と聞くと13歳だから残念!と、つまり18歳からOKらしい、、、日本人の私は知らなかった!夫は何度かビジネスで日本に来ているが、私達は初めてであり、とても美しい!東京は好きではない、余りにも人が多すぎる、京都は美しく落ち着くとても好き!小さなお庭沢山の寺院それに今咲いている桜は特に好き!少年も負けずとばかり桜は大好き!!と眼を輝かせるのであった。桂で私達は下車して、前の階段を上がり向こう側の列車に終点まで乗車して下さいと、、、ママが笑顔でとても助かりましたありがとう!私は良い旅行をねさよならと、二人を見送る、、、。                                        大阪ではたくさんの小物類を購入後、何時ものブテイックへと個展の案内状を二人に渡し小休止兼ねておしゃべり、、、帰る頃にはNさんが又もやお土産を今日も何もお店ではお買い物しなかった私なのにである。
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その週は近辺への案内状届け30人余り、十五日は最終となってしまった友人のご主人 Sさんが経営している、カフェかねたギャラリーへと案内状30通と友人宛またそのお母様宛への案内状をお届け、その時ギャラリーで展示している方々は十数年前に Mさん( Sさんの義父であり、ファインダークラブで家族ぐるみで親しくしていた方)の個展の時パーテイーでお会いした当時は京阪電鉄の社長さんご夫妻の個展を開催していた。又ニューヨーク在住の娘さんの帽子と絵画展も同時であり、Sさんとしみじみ縁の不思議さを語り合ったのである。芳名帳の片隅にメッセージを書いておいた私、、、。縁ある方とはこうして再び何処かで、繋がっているのだと思う。Sさんからは二月のバレンタイのチョコレートのお返しだとジュースや、珍しい柑橘類入りのワインをを戴き、むしろ恐縮しつつギャラリーを後にする、、、。
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個展『追憶のヨーロッパ』(2)開催お知らせ!

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振り返って見ると、此の一週間余りのハードスケジュールをこなせた事こそが、不思議でならない。精神力はともかくとして、体力は如何にせん歳相応、いやそれ以上であるから体のあちこちで悲鳴をあげている!その証拠にある日目覚めた途端に臀部の痛み!(3月末からずーと風邪の症状と闘い)そのお薬の服用のせいか?ポツンと膨れ上がりしこりの痛みが一週間続き、ようやくその痛みから解放されたと思いきや、今度は疲れると出る口周り(両はし)が切れて痛む、大きく口を開ける事が出来ず食事が困難となる。体は実に正直であるとつくづく感じつつも、今回もやはり一人で全てを準備する以外にはない!2年前の個展でもうすっかり体調を崩し、これが最後になるであろうと諦めていたはずなのに、、、。仲良くなったギャラリーの店長 TさんやNさん、昨年末『僕達が全面的にサポートします!!』のお言葉に押されて、しかも移店と共にすっかり,リニューアルされたギャラリオープントップの個展となった事で更にプレッシャーに拍車がかかり(常設展はすでにオーナーさんが展示)その上に案内状は二年前の倍1000通である。
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三月中旬には WEB上に流して頂いている(個展の写真とコンセプト)責任重大と思うと、そのプレッシャーが更に神経を擦り減らして期限まで五日前というのに、今日も又点滴とお薬、、、。祈る様な日々の中で案内状が届いて直ぐ『おめでとう!又頑張たネ!』何日には伺うからとの TELやメールお手紙が届き、その度に励みと勇気を頂いている。昨夜も同マンション11階の Yさんからの TEL『今仕事が最高に忙しい時で残業ばかり続いているけど、どんなことしても都合つけて行くからネ!声の調子だと相当に疲れている様子?大丈夫?』『良くお見通しネ、いつもプレッシャーには弱いのに行動してしまう私、、、今も風邪は抜けず口周りの痛みで、、、』『そう無理するとそうなるでも写真展や個展や、お花見会と常に催し物をする事を生きがいとしているものネ!』流石私の事を良く解って下さるな~と『陣中見舞いでないけれど玄関前に果物を置いておくからネ!』と有難いお言葉であった。
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前回に引き続いて、パリ、スイス、オランダの写真30点、今回も前回同様にチャリテイー(ポストカードの売上金は東日本地震でご両親を亡くされた遺児あしなが育英会へと送ります)又作品そのものも今回初めてギャラリーからの要望もあり、リーズナブルな価格にて販売いたします。非常に立地の良い(平安神宮、美術館)神宮道をブラ~散策兼ねてお越し頂ければ嬉しく思います。                                                                         *会期=4月25日~30日(AM11時~PM6時30分)   京都写真美術館アルティザンジャパネスク1 F *東山区堀池町374-2  *TEL=080-5988-7720
( 私は午後1時~6時まで会場に居ます)
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バスツアー(大井川鉄道) 2

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                     昨日の一瞬の富士山の出現は、目的がその富士山であっただけに、今朝出発したバスでの添乗員さんの挨拶は『皆様の日頃の行いが良かったので、奇跡が起こりましたネ!諦めきっていた富士山が見えたのですから、、、』の言葉から始まる。今日は一日中雨の予報を何となく全員が受け止めているのが分かる。此のツアーの方々は、年配の方々、障害児の家族連れの方も1組、入っている割には集合時間が早く慌ててしまう。それだけに予定出発時間より5~10分早い場合がある、、、今朝も出発10分前に私が行った所、ラストであり、私を待って直ぐ出発には驚いた!

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ホテルから1時間余りで新金谷駅着、駅前には止まっている SL車が時々白い煙を出して、観光客を迎え入れてくれていた。列車に乗るまで雨の中駅周辺撮影、10時38分発いよいよ大井川鉄道に乗車(座席は添乗員さんがそれぞれグループに指定、昨夜の3人はやはり同じ席と相成る)レトロな昭和風の列車、古き良き時代を連想しながら走り出して、間も無くいかにも昭和時代の制服姿の車掌さんが、これもまた昭和の歌謡曲『高原列車は行く』をハーモニカで軽やかに、楽しそうに演奏!車内は昭和へとタイムスリップしたかの様にハーモニカに合わせて大合唱!しかし車窓は恨めしいまでの雨と、未だ3~5分咲の桜が雨にうなだれていた、、。
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30分後家山駅着、そこからは迎えのバスに乗り(道路が渋滞との事で予定時間には出発できず、時間に余裕が出来鉄道や菜の花の撮影が出来た)その後川根の高台にある道の駅で小休止。その日のお弁当にはお茶が付いていず、お茶を購入移動のバスの中で昼食。今日は一日中雨である、山間のひっそりした奥泉駅よりアプト式トロッコ列車にて(12時58分発)秘境地へと、、、奥へ奥へと進むに連れ芽吹き始めた樹々の美しさと、エメラルドグリーンの川の美しさ!には感激! Uさんや、Hさんとは離れ離れになり関東からのツアーのご夫妻と同席となる、その方々は昨日メインの富士山を見る事は出来なかったと、、、私のアイフオーンでの写真をお見せすると、とても残念そう、、、。私達はほんの一瞬に垣間見れたことを有り難く思わずにはいられなかった!
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斯くて雨の中での今回の旅行も、その日の午後接岨峡温泉駅発2時20分バスに乗り込み、激しく降り続く雨の中をひたすら京都へと、、、フロントガラスに容赦なく叩きつける雨をぼんやりと眺めては、遠い日の越前岬へと撮影に行った帰りの日が蘇り、、、ブルックナーの音楽だけが車内に響き渡り、何故だか無言の二人であった、、、と、、、。あの日同様に激しい雨、、、本当にバス内は静かほとんどの方々は疲れから眠りへと入り、私は無事旅行を終えた事への安堵感で手を合わせていた。
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バスツアー(富士眺望ミニクルーズ、三保の松原、大井川鉄道)1

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                     7日早朝空模様は今にも降りそうな雲行きの中、四条大宮発8時(京都駅始発で5~6名の方は既に乗車)8名が加わり、一路北へと向かう、、、途中大津で数名、草津では20名、総勢42名の団体となり静岡へと向かう。乗車して2時間余りで土山サービスエリアにて小休止(15分)10時30分土山を出て、新しく出来た伊勢湾岸自動車道へと、その間の山間の風景は山霧が掛かりまるで墨絵の様に美しく、座席指定(確定した旅行代プラス前の席指定代金、プラス一人部屋)した事でフロントガラス越しではあるが、何枚かの写真をアイフオーンで撮る事が出来た。豊田市からは新名神に入り、浜松サービスエリアへとヤマハの楽器で知られている街らしく、ピアノの鍵盤の建物で微笑ましい!12時20分着、20分のフリー時間その頃からひどい土砂降りの雨となり前方の車が霞む程!出るはため息ばかりなり、、、この数日間の天気予報は全国的に3~4日の雨マークであり、やはり雨女の私は諦めざるを得なかった。今回のツアーは此処数年目的としている撮影場所が2ケ所含まれていた事もありかなり早くから予約していたのである。絶望的な気持ちのまま静岡船越公園着2時。
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幸いな事にいつしか雨は小降りとなり、長い~階段の公園へは行ける人のみ、、、桜は3~5分咲きしかも公園から見えるはずの富士山の姿はこのお天気では全く見えない!足元もぬかるみであり、アメリカから里帰りしたという桜がどの木なのかも解らずお天気の悪さを嘆きつつ2時30分発バスは直ぐ近くの清水港へと、3時出航のミニクルーズに他のツアーの方々と乗船(その前に添乗員さんと又船の係の人に船上からどの位置にいれば富士山が見えるかの情報を得た)此のツアーのハイライトでもある船上からの富士眺望は、空を見上げる限り皆無に等しい!デッキへと出てみると富士の見える反対から緩やかに晴れ間が見えてきた!かすかな望みを託してひたすら天に向かい祈る!其の内一人参加で大宮から乗車した方が『残念だな~』と話しかけてきて『私は雨女で今回も覚悟していたのよ、でも時折神様仏様と祈る事で通じる時もあるの、、、』『本当?じゃ~二人で祈りましょうよ』と言って3~4分である『もしかして??』『いや雲でしょう?』と悲観的な私『でも動かないもの、、、』の会話中船内アナウンスが流れ、『左手に白い富士山の頂上が見えてます!良く観て下さい!』『やはりそうだ!!』二人共喜びと共に、震える様な気持ちで写真を撮り続けた!
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                                         クルーズ後親しくなったUさんとはその後の三保の松原(羽衣の松で有名な)での行動を共にする。
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又夕食の時も一人参加3人は同テーブルであり、会話は弾む!余りにも豪勢な夕食!特に蟹は食べ放題!Uさんの食べっぷりには眼を見張る!完食である。食後3人(お一人男性奥様を亡くされて毎日が寂しくて~気分転換で参加したと)は話足りなくロビーへと移動して、ゆったりしたソファーにもたれ掛かりミニ自己紹介、どうしても参加したかったことなどそれぞれに、打ち明けた後に私は名刺と今月末の個展の案内状ハガキを渡すと、お二人は驚き『まるで別世界の人なのだな~』と『本職でなく、趣味が高じただけだから、、、』と言い訳じみた事を述べていた私、、、。お部屋に戻り、窓から少し見える松林ゆったりしたツインのベッドに横たわり、心配していた体調変化もなく(お薬の効果もあり)無事1日が終了した事、奇跡的であった富士山の写真が撮影出来た事を唯々感謝せずにはいられなかった!!
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5ケ月振りのNさんとの再会

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   今年の桜は待つ人の心を、今流行語の様になっている『忖度』する(意味あいは違うかも知れぬが)事もなくじらせた上に、2日間続いた気温上昇で一気に『お待たせ!』とばかり満開の便りが各地からきかれる様になった。 風邪が抜け切らぬまま4日を迎え午後には、昨秋箱根撮影の時、箱根美術館内の係りの方とお知り合いになったNさんが御友人と共に、小田原から我が家へといらっしゃった。此れ程早く再会が実現出来るとは思っていなかっただけに、喜びもひとしおで風邪気味を片隅においやった、我が家へは初めてであるから先ずは、春の花々が咲き始めたガーデンへと出て、お花は勿論の事京の街並み、山々を眺めて頂く想像も出来なかったであろう京のセンターに此の様なパノラマ的風景を観る事が出来る事を、、、御二人の驚き!
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 お部屋に入ってからは、それぞれのお部屋を案内後に、テイータイム御友人の方は初対面であるが、Nさんが信頼していらっしゃる大学時代からの(御二人は京都で2年間短大時代をお過ごし)長い友人であるだけに、とても感じの良い方であり、何の違和感もなく会話が自然と進み、楽しい一時であった。今日のプランとしては、此の後広沢池の辺りの『聖地平安郷』へと桜見物その後はもう一人の友人が車で迎えに来て、其の友人Tさんの友人が経営しているフレンチレストランへと行くコースであったが、、、今朝も体調は思わしく無い事(それに3人久し振りの再会でもありつもるお話も有るかと思い、、、)を正直に告げて、後半のコースは辞退する事にした。
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      本好きの私を思って、Nさんが素敵な金属製のミキモトパールの付いたしおりと、春らしいお花のハンケチを戴き、私も準備しておいた御二人へのお土産(シバ漬け、さくら漬け、生八つ橋)をお渡しして、マンション下迄御見送りする。
お帰りになった安心感からなのか急に身体中がフワ~状態、、、まだ風邪は完全には抜け切れてはいないせいだと思う、、、夕方迄ひたすら安静状態、、、是で良かったのかな~と思いつつ、、、。
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3月の様々な出来事、、、

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                     一月いつしか、二月逃げ、三月去る、とは良く言ったものであると感心しつつ四月を迎えた、、、四月とは思えぬ寒さの中で、三月のハードスケジュールでついに26日頃から風邪の初期症状となり、掛かり付けの医院へと注射とお薬『又何か催し物か旅行ですか?』ともう30年来の患者である私の事お見通しであった。                  3月は国内外共に、大きなニュースが続いた月であった。豊洲問題において未だ解明されず、ズル~と引きずっている問題で、ついに20日から以前の都知事を始め当初関わった人々を順次都議会百条委員会証人喚問が続いた。中でもかって若かりし頃から一世を風靡して、華々しく芥川賞作家としてデビューした(石原慎太郎元都知事)後もまっしぐらにエリートーコースを進み怖いもの知らず(しかもかっこよく!)女性フアンも多かった!しかし人生は残酷である、老境に入っての姿は正直な所目をつむりたい思でもあった!(フアンの一人として、、、)歳を重ねて枯れることの難しさをつくづく感じた!
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3月は又明けても暮れても森友学園、籠池氏の報道のオンパレードと昭恵夫人の100万円問題、いつからか問題が横道へとそれている、、、真実は唯一つなのであるが、どちらも譲らず、、、。籠池氏のキャラクターなのであろうが、国会証人喚問での中継を観て思ったが、堂々たる受け答えにはスター並みのごとく、心臓の強さと返答には舌を巻いた程でもある。TVをつける度聞き慣れた名前と問題にうんざりの中、日本の国技『相撲』が活気を取り戻し、大阪場所千秋楽では、横綱になって初優勝した稀勢の里のあの一瞬の感動は、日本中が涙と感動無しには観られなかった場面であった!!『自分の力以上の物が出た、諦めずに闘い続けた結果であった!』と男泣きの稀勢の里の、美しく強い涙が忘れられない!実に実にいい表情と言葉である。
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         隣国の韓国では朴大統領が罷免され、更には逮捕された、その無表情とも言える姿の朴大統領の心の内は計り知れず、、、人生の転落というには余りにも落差が大きい!                                                                      27日高校生がスキー場で、山岳部訓練中雪崩による事故で、6人の若い生命が奪われる。ご両親の心痛、救い様のない深い悲みはいかばかりであるか!16~7歳まだまだ人生は始まったばかりではないか!春休みに起こった事故のあまりにも悲しい3月下旬であった。
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久し振りのフランス語会話

  
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暑さ寒さも彼岸までとは良く聞く言葉であるが、、、今年はその言葉も当てはまる事なく、お彼岸を過ぎても再び寒さが戻って来たかの様である。東京では桜開花宣言第一声があったものの、此の寒さでは花そのものがトップになった事を後悔しているのでは?京都の桜は未だ蕾み堅し、我が家のムスカリもようやく顔を出し、少しづつ開花が始まった所であり、例年より一週間余り遅い。
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                     先日肌寒い日であり、再びブルゾンを引っ張り出し羽織って、お買い物に行く途中二条城の桜の様子を観たく、お堀に向かっていた所地図を熱心に観ている若い外国女性が、、、おそらく道に迷っているとわかり直ぐ声を掛ける(英語で)嵐山へ行きたいとの事、此所からだとバスがいいかなと思い、フランス語が出来ますか?と尋ねると、にっこりして『勿論!』とフランス語、それじゃ私と一緒にバス停迄行きましょう、、、と言った私に、一寸待って主人がローソンで買い物しているからと、ほんの数分後にこ~顔で、、、彼にとても嬉しそうに、この人フランス語が出来るのラッキー!と、どちらの国から観光に?フランスはパリよ、の答えに思わず懐かしい!!何故貴女はフランス語が出来るのですか?若い頃パリに住んでいたからでもフランス語はとても難しい!それに長い歳月が流れ忘れていると、私達には日本語が大変難しい!彼の方が有り難う!値段は?美味しい!さよなら!と必要な言葉をたどたどしく言った。
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日本は好きですか?好きです特に京都は美しい!背景の二条城へ行った事、それじゃ龍安寺へ行ったら石のアートが観られますヨ、明日行く予定でその後は広島へと行き3週間日本に滞在して、出来る限りの日本を観て廻りたいと、、、。3人で信号待ちしている時、全く見知らぬ奥さんがバス停はあそこですヨ!ととても親切、私が思わず彼等に親切ネ!と言うと、そう日本人は皆とても~親切であると!      嵐山行きのバス時間を示してから、良い旅行をネ!さよならと言ってお別れする、とても嬉しく思いました有り難う!さよなら、、、。私には久し振りのフランス語、自分でも驚く程にスラ~出て来た事が不思議でもあった。未だ若い20代のカップル、桜の京都でないのは残念だが、日本旅行中何処かで美しい桜風景に出会う事を願うばかりでもある。                             お買い物を済ませて、例の私にとって一番苦痛な地下鉄駅の長い~階段で、やはり一休み中青年が『持ちましょうか?』日本の方である『重いのヨ』『大丈夫です!』の言葉と同時にニッと笑って軽々しく買い物袋を持って階段を上がる、、、『とても助かりました有り難うネ!』  先程フランス人のカップルをバス停まで案内した事のお返しかな?と思い何とも心がポット温まる午後であった!
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春を感じる日の多くの出会い

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                   そろ~冬物衣類の整理に取り掛かろうかと、思っていた矢先に寒の戻りの様な寒さが2日続き、何事も早いめ~に行動してしまう私だが、3月は迷っていた方が後悔しないのだな~と思った、、、。それでも中旬になるとようやく春めいて来た! TVニュースでの花便りが早くも始まり、桜の開花時期が発表されると、今からそわ~と待つ心が自然と芽生えるのは、毎年此の3月中旬頃からでもある。花の中でも桜ほど待ち遠しく思うのは、私だけであろうか?
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先日お天気も良く(今はウオーキング中止していることもあり)運動兼ねてブラ~お買い物に、、、少し遠回りして二条城のお堀へと、前方から杖をついた女の方が、、、とっさにMさんと解り駆け寄ると、久しぶりの出会いに、何時もの優しい笑顔!私と同じ思いで『お天気良いから二条城一周しょうと思い、、、会えて嬉しい!』昨年の住まいから、二条城近くに引っ越しされたのだと、昨夏のブログにも書いたと思うが、住み慣れた九州の家を引き上げて、息子さんの近くへと越してきたが、全く知人、友人もなく毎日が長くて、寂しいと、、、何時
でもTELして下さいネ!と名刺を渡していたが、私の仕事への迷惑をかけまいと、今まで一度もTELは掛る事はなかっただけに、時折Mさんのことを思い出していた私は、何よりもお元気そうで安堵した!


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二条駅近くのスーパーへ行くと、自転車姿の Kさんとバッタリ!昨秋以来、この方も足を悪くしたのに、今は奥様とそのお母様の介護で日々時間に追われ、立ち話も5~6分がやっとの方である。4月からはウオーキング始める事を告げてサヨナラした所、スーパーの入り口で Yさんとバッタリ!もう94歳(小柄で穏やかで優しい人) Yさんも又痴呆症の奥様を介護しながら、こうしてお買い物とご自宅へと帰えれば、お料理をしていらっしゃる方。それぞれの家庭事情を考えると、私は何と『暢気』な事かと恥ずかしい思いである、、、、そろ~ガーデニングを始めたくなり、昨日はかなり遠くであるが大きな園芸店 デイオハウス迄歩く事にした、、、その前に氏神様へと立ち寄ると全く久しぶりに、 Hさんと門前でお会いする。二人とも此の神社のお参りであるからこそ出会えたのかもしれない。つい数年前まで御主人様と早朝仲良く、お参りとウオーキングしてらしたのに、御主人様がお亡くなりになってからは、プツリと中止!お参りは時々している様で今日もそのお陰で、お会い出来たのだと思う。『やっぱりお参りに来てよかった!こうして会えたものネ!』と Kさんの明るい声が神社内に響く!
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園芸店は、春の花々が所狭しと並び、お店前の相当に広い敷地にあふれている。週末とありお花好きな人々が、自分好みの花を楽しそうに選んでいる。私は今回大好きな紫のロベリアの花苗8ケと、パープルの芝桜2ケを購入後、隣接している写真館へと、、、何時もお世話になっているKさんを指名すると、昨年末定年で退職されたと聞き驚く!とてもその年齢に見えぬ若さであり、2年前の個展の時デイスプレイも80%Kさんが手伝って下さった、エネルギッシュな方であった!ギャラリーでは大型カメラで撮影した写真展を開催中で迫力ある写真を拝見中に、ファインダークラブのAさんが、、、芳名録に私の名前があったので、奥の部屋へと慌て来たのだと、こうしてAさんと偶然にお会いするのは昨夏と二度目、やはり写真関係であるからだと思う。Aさんの5月の個展準備中の話などお聞きしながら、ゆっくり~二人で迫力ある大型写真の数々を見学した。寒さで家の中にこもっていた日々が多い冬とは違い、春らしい陽気に誘われ活動的になったことで、一歩外へと出ると顔見知りの方々に出会い、会話が弾む!それだけ此の地域の方々との交流が出来ている事を、有り難く思った春を感じる一日であった!
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東日本大地震六年目、M子さん初出品の京の花展へと

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                     昨日は、東日本大地震から6年目であった。震災で1万5893人の方々が尊い命を奪われ、今も尚2553人行方不明、しかも6年経過しても約3万4000人がプレハブの仮設住宅での、避難生活を続けているとの事、これ程の大地震があっても、当事者でない限り人々の心からは、いつしか記憶は薄れてゆく、、、それが現実であり、この日が来る度に新聞、 TVが報じるからこそ思いをめぐらす自分がいる、、、。もっと若ければ、何かしら行動を起こす事は出来たのだろうか?とも思ってみたり、ささやかなチャリテイーに協力する事が精一杯の私、、、。
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     あの日(6年前)の津波の映像は、観ていて信じられない速さで家~を呑み込んで行った!その恐怖心が今も脳裏に焼き付いている!それまでは極普通の生活を穏やかにしていた東北の方々に、突然に襲った(まるで大自然が牙を剥いたかの様に)昨日までの平和な生活は、地獄へと一転!この6年間災害に合われた方々の事を思うと、日頃すっかり忘れてしまっている自分を反省するばかりでもある。
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   それまでの日々は、 TVをつければ『森友学園』の話題ばかりが連日報じられ、一般人には想像もつかない法外な土地取引(値引き)と申請の仕方、理事長K氏のあまりにもユニークな人格、それをいい事?にマスコミの得意とする、何か事を起こすと次から次へと過去に遡り、あばき立てる手法にもホト~閉口していた。国が絡んでいた事でより重大化されたのだと思うが、、、。
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                                                                                                         週末は久しぶりに、気分転換したく『京の花』嵯峨流生け花展へと、、、(初出展したM子さんから招待状を戴き)文化博物館6階のフロアーは年配女性80%で溢れ(75周年とあり)記帳の列だけでも大変な人々に驚く!出品者全ての方々は、京都におけるお師匠さんつまりはプロの華道家の方々の作品である。会場のどこにもM子さんの姿はなく、作品を撮影して2周後係りの方にお尋ねしたのだが、見当たらず諦めて帰ろうとした所へ、この会の創設者の奥様である Hさん(以前ファインダークラブの会員であり、今も交流中の Hさん)がいらっしゃっておしゃべり、、、5年前創設者のご主人様急死後、今は息子さんが後継者となっているが、母親としては心労が重なっているのが会話中に読みとれる。おしゃべりしていた事が良かった様で、目前に M子さんがお友達と会場に、お会い出来てホットする。彼女らしく華やかなお花では無く、葉蘭の清楚な生花であった。
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   以前撮影した彼女の写真を渡し、しばらくぶりでもあり又々おしゃべり、、、ふっと思い出したかの様に、来月22日パリで習っていたお花の先生が帰国するから一緒にお食事でもと(以前からこの先生を紹介したい話が合うと思うとM子さんが言っていたのだが、、、)折角のお誘いなのに、その頃の私は目のまわる様な忙しさであり、とても残念ながらお断り、、、。お一人~の個性を感じながら見学した、日本独特のお生花に改めて形ある美に感じ入った!
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早春のガーデン、確定申告

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   2月は逃げる月と言われている様に、本当に気が付けば3月入りしている。陽の光がほんの少しではあるが、やわらかく感じられガーデンを眺めていると、冬の間は時折ヒヨドリの番が来ていたが、近頃来なくなったと思っていた所『チッ~』と可愛い声!目白がきている。春一番に開花するミモザの大木は枯れてしまい、此所数年諦めていたが、今はローズマリーの花とアブチロンの蜜を吸いに来ている様である。春を告げに訪れてくれたかの様で嬉しい!内側ベランダへと移動しておいたからなのか、寒さに耐えて早くも忘れな草がブルーの小さな~花を付け始めた。耐寒性には強いビオラはすくすく育ち、昨秋植えたときの3~4倍に広がって成長はたくましい!是からのガーデンも少しづつ暖かさと共に、にぎやかになるであろう、、、。
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     今年も又確定申告を作成、しかし年毎に短時間で終了!何故ならば4~5年前より本職と趣味を思い切って逆転させた事で、申告するだけの仕事は微々たる事、何事も慎重で迷う私が、此の決断は実に早く決定したのである。今迄もう充分仕事一筋に生きて来た、せめて後半の人生は、好きな写真とガーデニングに生きてみたいという思いがあり、又その余裕により今迄気にしながらも出来なかったささやかでも、何か私に出来る事や、役立つ事がしたいという思いが強く働いた。これまでの人生長くシングルで生きて来たから、随分多くの方々にお世話になり、助けられた事は数知れず、今度はその反対の事をしなければと、60代に入った時思い少しづつ実行してはいるものの、仕事が入れば気持は仕事優先へと行かざるをえないのが現実であった。気持を切り替えた事により、心が随分軽くなり、どんな事に対しても気持を向ける事が出来(それは会話であり、若者達であったり、外国人であったり)不器用人だからあれもこれもと同時に出来無いのだと思う。
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 時間に余裕がある事は、年齢的にも身体が楽で、思えば若いからこそオーバーワークであると解りつつも、仕事をこなしていたのだと今にして思う、、、。今自分の好きな事をしている時間程精神的に、穏やかな時間の流れを感じる至福の一時!!
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志摩の従姉からの TELと外出

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                     先週はスッキリしないお天気が続き、相変わらずパソコンに向かい写真整理に始まり、ピックアップした写真のポストカード作りをしていた。とても眼を酷使するから直ぐ眼が疲れ、時折冬の北山をしばらく眺めては気分転換、、、不安定なお天気の日には、思いがけずラッキーな虹を見る事が出来心を明るくしてくれるのは嬉しい!雨の日にはその北山もうっすらとしか見えず、そんな時は間近に迫っている東山の大文字山を眺める。山々はジーと冬の厳しさの中で、やがて確実に来る春を待っているのが解る。
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   2月は小の月であり20日過ぎて、そのことに気付き慌ててしまう、、、。先日お昼休み志摩の従姉より久しぶりの TEL、2月に入ってから入院していたと、以前から言っていた下腹部の痛みの原因が判明して手術したと、その声の明るさ!幼い頃から私とは対照的で太陽と月、太陽の様な彼女は、スポーツウーマン他校へも短距離走の選手として行っていた。性格も実に明るく、何よりもクヨ~しないおおらかそのもの、全くノロマな私は彼女の機敏さが羨ましく、屋根にも柿の木登りすら平気でスル~何時だってその下で果物籠を持って待っていた日が思い出される(私といえば、体育祭は特に嫌いで、仮病?記録係には率先!放課後はほぼ図書室にいて、夢見る夢子状態、、、グラウンドで活発に運動している友人達を時折眺めていた)従姉は叔母さんそっくり、姉である母とも又全く対照的で(2歳の差だったから風貌は良く似ていたからまるで双子の様でもあった)しかし性格は反対、何事も控えめで言葉に出来ない分を、妹の叔母さんが何かと兄達にも一言助け舟を出しては母をかばってくれていた事を今でも鮮明に覚えている。従姉は田舎での最近の出来事を事細かに教えてくれて、懐かしい田舎の人々のお顔を思い浮かべていた、、、。4月帰省の時会う約束をしてTELを切る。
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   24日はかねてよりお約束していた4月の催し物の打ち合わせに出かける。10日遅れのバレンタイチョコをTさんへ二人分渡し(Nさんはお休み)お客様の合間を見ての打ち合わせでもあり、思いの他時間を要した為に、その帰り立ち寄る予定の所を廻る事出来ず、心引かれながらも駅まで出て何時もの量販店にて、注文してあった写真ファイル三冊受け取り帰宅したのは午後3時30分、、、その時間になるともうお腹の具合が全く解らなくなる、、、とりあえず軽食をしておく。しかし食後疲れが押し寄せ、ホットカーペットに横になったままうつら~これが歳を重ねたという事なのかも、、、?      週末25日は恒例のマンション総会で夕方より出かける。入居して10数年が経過したマンション総会であるが、やはりメンバーの80%はほぼ同じ方々であり、いかに自治会に協力や、興味の無いことを痛感するばかりである。
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